上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
先日、「もしも、かがみとこなたが入れ替わったら」
のリクエストを頂いたのですが、生憎在庫切れ。
けれど、らきすたの二次創作から離れようと
思っているところなので、
今さら増刷してもしかたがないので……
と言うことでWEBで公開することにしました。

本当は、この本は個人的にはあまり
増刷したくはなかったというのもあるんですけれどね。
結構売れている本だったのですが、
きっとタイトルが気になって買ってくれる人が
ほとんどなのではないかと思うのです。
でも、読んでみると期待外れなはず。
そんなタイトルだけで売る詐欺臭い本を
増刷するのも心苦しいのです。
なのでなかったことにしてしまおうかなと思っていたら、
欲しいとリクエストを頂いたので。

ただ、個人的にはこういう話の展開は好きなんです。

----------------------------------------------------------------------------------

もしも、かがみとこなたが入れ替わったら


「お姉ちゃん、早く起きないと遅刻しちゃうよ!」

お姉ちゃん、つかさにそう呼ばれることにたった一日では慣れることができないこなた。

つかさはこなたを揺すり起こすと、慌てて学校に行く準備をしている。

こなたは対照的に、鏡を見つめてぼうっとしていた。

(夢じゃなかったんだ……)

鏡に映っているのはかがみの姿。

「どうしたの?お姉ちゃん。なんか変だよ?」

心配そうにつかさが顔を覗き込む。

いつもは朝になるとたたき起こしてくれて、
寝ぼけていても遅刻しないように学校まで引っ張っていってくれる。
そんな頼れる姉の様子が、今朝はおかしい。

それもしかたのないこと。
姿はかがみでも中身はこなたなのだから。
でもつかさは姉の様子がおかしいからといって、そんな事が起こっているとは考えもしない。

こなたはたった一日ではかがみと身体が入れ替わってしまった現実に順応できないでいた。

「大丈夫、大丈夫」

こなたは時計に目をやりながら答えた。
いつもよりも少しばかり余裕があった。
でもそれは泉家から学校に通う場合の話であって、
柊家から学校まではさらに時間がかかるということを理解していなかった。

毎朝ぎりぎりに起きるこなたには朝ご飯を食べるという週間はない。
だから今日だって食べなくても大丈夫だろう、などと軽く考えていた。
こなたは知らなかったのだ。
かがみの身体はご飯を一食抜いただけで、
身体の活動を止めてエネルギー消費を最小限に抑える生命維持モードに突入するということを。
トーストを一枚かじった程度では、
数時間もしないうちに活動限界に達してしまうということを。

こなたが急いで鞄に教科書を詰め込んでいると、
中にいくつものお菓子が忍ばせてあるのを見つけた。
いや、忍んでいるという程控え目な量ではなかった。
詰め込んであるといった方が適切だったかもしれない。

(ああ、なるほどね)

とこなたは理解した。

だから太るんだ。

つかさと二人で駅までの道のりを走ったおかげで、
ホームに着いたときにはまだ電車が来ていなかった。

「つかさ、りぼんが曲がってるよ」

「えぇ?朝急いでたからかなぁ?」

言いながら、頭の上のりぼんに手をかけるつかさ。
手探りで引っ張ってみてもひどくなるばかり。

「直してあげるよ」

そう言って手を伸ばすこなた。
そしてやっぱりこれが自分の身体ではないのだと思い知る。
今までの小柄なこなたの身体ではつかさの頭の上なんて見えなかったのだから。

「ありがとう」

微笑んで見せるつかさ。
こなたはドキッとした。
それは今まで見たことのない笑顔。
友達であるこなたにも見せず、姉であるかがみにしか見せない甘えた表情。

その時、こなたの内に今まで知らなかった感情が芽生えた。

つかさって……可愛い。

『お姉ちゃん』と慕ってくるつかさの可愛さは格別だった。
今のつかさは友達ではなく、妹なのだと実感する。

「つかさ、私の事はお姉様と呼びなさい」

調子にのって冗談っぽく言う。

「え?どうして?」

でもつかさは真剣に受け止めてしまい、困惑している。
姉の言うことに従順な可愛い妹なのだから。

「私の言うことが聞けないっていうの?」

気分を損ねたふりをしながら、内心笑みを堪えているこなた。

「わかったよ……、お姉様」

慣れない言葉を口にして気恥ずかしくなっているつかさをよそに、
満足げな笑みを浮かべるこなた。

などと二人は戯れていたはずだった。

「起きなさい!着いたわよ!」

電車の中で、いつの間にか二人の目はそろって閉じてしまっていたらしい。

つかさはいつものように頼れる姉がすぐ隣にいるからとすっかり油断して、
睡魔のなすがままとなっていた。
もちろん、可愛い妹を護ることに慣れていないこなたもまた睡魔に抗おうともしなかった。

寝不足で重くなった瞼をいやいや持ち上げると、
左手に鞄を持ったまま両手を腰に当てて仁王立ちしている小柄な少女の姿があった。

一見泉こなたのように見えるけれど、中身は柊かがみである。
相変わらず怠惰な二人の少女の理性として機能している。

「早くしないと電車が出るわよ!」

見た目以上に重い二人のお尻を持ち上げるべく、
かがみは手首を掴んで電車から引っ張りだした。

実のところかがみは、果して二人がこの時間に登校してくるかどうかさえ不安だった。
まさか居眠りして乗りすごしてしまうんじゃないかと不安になって、
到着する電車全てを覗き込んでいたら、案の定この有様だった。

つかさが頼りない分、かがみは面倒見がよくなった。
あるいはその逆なのかもしれないけれど、
とにかくかがみはつかさの事が心配だった。
こなたに任せておいたら、
二人でお互いを低めあいどこまでも緩く締まりがなくなりそうな不安があった。

「あんた、つかさになんて呼び方させてるのよ!」

学校に着くなりこなたを人気のないところに引っ張り込むかがみ。
その小さな身体で精一杯威勢を張った。

「いいじゃん、別に~。私にもやっと憧れの妹ができたんだしさ」

「よくないわよ!つかさは私の妹なのよ!」

妹は姉に絶対服従、というほど素直で従順なつかさであるからこそ大切に大切に可愛がってきたのに、
それがいいようにこなたのおもちゃにされているかと思うと腹が煮えくり返りそうになる。

「つかさに変な事したら許さないわよ!」

と言ってみたところで、その小柄な身体ではどうにも迫力がでない。

「今のかがみにそんなこと言われても、小さな子が背伸びしているみたいで可愛いよね」

ポンとかがみの頭に手をのせ、わざとらしく腰を屈めて目線を合わせる。

それはかがみにとって初めて味わう屈辱。
けれど何も言い返す言葉が見付からなかった。

「だいたい、あんたの頭は一体どうなってるのよ!」

話題を切り替えてこなたに反撃を試みる。

「ろくな知識がつまってないじゃない!ちゃんと勉強してるの?」

「でも、今はかがみの頭なんだから、かがみが勉強すればいいだけじゃないの?」

「冗談じゃないわよ!ちょっとやそっと勉強したくらいで
この頭がすぐに良くなるわけないでしょ!」

苛立ち人差指で自分の頭を突くように指さすかがみ。
けれど端から見れば自分の頭の悪さを鉾らしげに力説しているおかしな人にしか思えない。

「宿題すらできないなんて酷すぎるわよ!あんたちゃんと授業聞いているの?」

昨夜、いつもの習慣で宿題から片付けようと机に向かったはいいけれど、
中身はかがみでも脳はこなたのもの。
故に学力もこなたレベルとなり、いつもならさっさと片付けてしまう宿題さえも解けずにいた。
それで苛立ったかがみは、普段から怠けていたこなたを責めるつもりでいたのだけれど……

「じゃあ、かがみ今日は宿題やってきてないの?」

こなたの口元が嫌らしく歪む。

「し、しかたないじゃない!あんたの頭が悪すぎるんだから……」

「そんな言い訳を先生にするつもり?」

「そんなことできるわけないでしょ!」

「じゃあ、どうするの?宿題」

「だから……」

「だから?」

こなたは嬉しそうにかがみを問い詰める。

さっきまで威勢の良かったかがみが、
いつも自信に満ち溢れているかがみが、
俯き声が小さくなり始めている。

そんな変化を見て、こなたは楽しんでいた。

「だから……宿題……見せなさいよ」

そんな言葉を口にすることは、こなたにとっては恥でもなんでもないのだろうけれど、
かがみにとっては屈辱的な事だった。
いつもいつもまじめに勉強をしていて、
成績も上位であったはずのかがみが、
そのプライドを捨てて宿題ができなかったから見せてと、
よりにもよってこなたに頼むことになったのだから。

「あれあれ?かがみ、今『見せなさい』って言った?なんかすごい上から目線だ。
それが人にものを頼む態度なのかなぁ?」

かがみは俯いたまま、悔しそうにぎりぎりと歯を噛みしめ、ぎゅっとスカートの裾を握った。

「あんたが普段から勉強していないから悪いんでしょ?」

「でも、困るのはかがみじゃないのかな?」

つんつんとかがみのおでこを指で押す。

かがみは間違ったことを言っていないという自信があった。
けれど、このままでは困ってしまうのが自分であるということも十分に承知していた。
こなたもそれをわかっていて、日頃の復讐とばかりに自分をなじっている。
かがみの高くて傷つきやすいプライドはぐちゃぐちゃに踏み潰された。

こなたはかがみのみじめな表情を見て、いい知れぬ喜びを感じていた。
ぞくぞくするとはこういうことを言うのだろうか。
かがみのプライドを踏みにじるたび、胸が締め付けられる感じ。
けれど締め付けられるのと同時に甘い蜜が溢れてくるような心地よさもある。
こなたは、初めての快感に酔っていた。

「『宿題見せてください、お願いします』ってそれだけの事がどうして言えないのかなぁ?
そんなこと小学生でもわかるよ」

ノートでぺちぺちとかがみのほほを打つ。

「これが欲しいんでしょ?」

それは二人が入れ替わる前に、かがみが済ませておいたはずの宿題のノートなのだけれど、
身体が入れ替わった今となっては所有者も入れ替わっている。
だからこなたが苦労して解いた宿題ですらない。
かがみもそんなことを理解してはいるのだけれど、
そんな正論が通らない理不尽さを悔しく思ってもいた。

「し宿題……見せてよ……。お願いだから」

小さな声を絞り出したかがみ。

「え?よく聞こえなかったよぉ?まさか、かがみが私に宿題を見せてなんてそんなこと言うわけないよね?気のせいだよね~?」

「あ、あんた、私のことからかってるの!」

「違うよ、馬鹿にしてるんだよ。ほら、『馬鹿な私に宿題を見せてください』ってちゃんと言ってご覧?」

かがみが悔しそうに顔をゆがめる程、こなたはますますかがみをいじめたくなる。
もっとみじめな顔をさせてみたいと、そんな衝動がどこからか湧き起こってくる。

かがみは両手で顔を覆って、その場に蹲ってしまった。

「どうしたの、かがみ?」

不思議そうに肩に手を触れるこなた。
その肩が小刻みに震えていることに気づいた途端、慌てふためいた。

「ごめん、かがみ!」

泣かせるつもりなんてなかったのに、調子に乗りすぎてしまったらしい。
かがみが泣きだすなんて、考えもしなかっただけにこなたは慌てた。

「ごめんよぉ、かがみぃ」

泣き止むまで何度も何度も言いつづけた。
無防備になっている頭をいい子いい子して撫でつづけた。
他にどうしていいのかわからなかった。

しばらくの間かがみは蹲って顔を隠したまま、
押し殺しきれずにいた悔しそうな泣き声を漏らしていた。

それでもかがみは理解していた。こなたに悪気はなかったということを。
ただちょっと調子に乗りすぎてしまっただけなのだということを。
わかっていても、涙が止まるまでには少し時間を要した。

「私がこんなに苦労してるのはあんたのせいなんだからね」

まだ涙の乾ききらない瞳でこなたを睨みつけ、嗚咽を漏らしながら言った。

「だから責任とってちゃんと勉強教えなさいよね」

「わかったよ、なんでも言う通りにするからもう泣かないで」



そんな事があって、かがみは学校の帰りに柊家へ寄り道をした。
もちろん勉強をするために。

こなたに教えてもらうためというのもあるのだけれど、
泉家には参考書や教科書の類がほとんどなく、そもそも勉強ができない。
それに比べて、かがみが使い慣れた本がそろっている柊家の方が勉強しやすい。

「こなたに勉強を教わる日が来るなんて……なんという屈辱!」

ノートを広げて机に向かい、いざ勉強を始めようとしたかがみであったけれど、
悔しそうに両手をぎゅっと握った。

「こなた、あんたも勉強しなさいよ!」

「えぇ?私はいいよ。やりたければかがみがやればいいじゃん」

「何言ってるのよ! あんたがちゃんと勉強しないと、元に戻ったとき私が困るじゃないのよ!」

「でも私かがみみたいに一日に何時間も勉強できないよ。
それに今は私の身体なんだし、別にどうしたっていいじゃない。
かがみは私の身体で好きにしてくれていいんだから」

「あんたの身体を好きにしていいって言われても、
こんなろくな知識もつまってない頭でどうしろって言うのよ?」

こなたはその言葉を聞き捨てることができなかった。

「かがみ、私にそんな口を聞いていいと思ってるの?」

こなたは部屋に隠してあったロールケーキを、巻きずしのように持って口の前に構える。

「ダメ、こなた、止めて!」

叫ぶかがみを後目に、
こなたは大きく口を開いてそれを頬張った。

かがみの口は、こなたのそれよりも大きく開き、その容量たるや想像を遥かに上回る大きさであった。
一口でケーキが三分の一くらい消えてなくなった。

「お願いだから止めて!太っちゃうでしょ!」

こなたは美味なる味に顔をほころばせながら、もしゃもしゃとさらに頬張る。

「わかった、私が悪かった!勉強しなくていいからもう許して!」

それだけのやりとりの間に、ケーキはすっかりと胃袋に収まってしまい、
かがみはがっくりと項垂れた。

「もうこなたは勉強しなくていいから、私に教えてよ」

なんだかんだで、ずいぶんと時間を無駄にした後にようやく宿題に取り掛かり始めた。

「お姉ちゃん」

ノックをしながらつかさがドアを開けた。

「なに?」

いつもの様に、つい反射的に答えてしまったかがみ。

「こなちゃんじゃなくて、お姉ちゃんだよ」

こなたとかがみは二人そろってはっと気づいた。

「どどうしたの?」

こなたが改めて答える。

「お父さんとお母さん、今日は帰ってくるの遅いって言ってたでしょ。
だから私がお夕飯作ろうと思うんだけど、お姉ちゃんは何が良い?」

「だったら私も手伝うよ」

ペンを放り投げて立ち上がるこなた。

「えっ?お姉ちゃんが……」

先日、カレー状の何かを作ろうとして鍋を爆発させたかがみの姿を思い出してしまったつかさ。
一度口にしたら障害忘れることのできないトラウマになりそうな程の激しい味が、
つかさの脳裏によみがえり軽く吐き気を催す。

「ちょっ、こな……じゃなくて、かがみ。私の勉強はどうするのよ?」

「こなたも夕飯食べていけばいいじゃない。その後で教えてあげるからさ」

かがみの返事も聞かないうちに、つかさと部屋をあとにしたこなた。

「もぉ、こなたのやつ!」

かがみもペンを放り出して、床に仰向けになったものの、
すぐに気が変わって立ち上がった。
部屋を出ると二人のあとを追いかけた。

台所ではつかさとこなたが並んで立っていた。
こなたが包丁を握ろうとしたところを、つかさが取り上げていた。

「私にだってそのくらいできるよ」

そう言ってほほを膨らませるこなた。
それでも楽しそうにしている二人。

気づけば、かがみはつかさを見つめていた。
こなたに楽しそうに笑顔を向けているつかさを。

ほんの昨日までは、あの笑顔は私に向けられていたはずなのに……。
ふとそんな思いがよぎった。

友達に向ける笑顔と、心から信頼している姉に向けるそれとでは決定的に違うのだということを、
かがみは知った。
こなたの身体に収まった今では、つかさがもうあの笑顔を向けてくれないのだから。
その笑顔をこなたに取られて、かがみは初めて気づいた。

(私とこなたじゃこんなにも違うのに、
姿が変わっただけでつかさは疑いもせずにこなたのことを姉だと思い込んでいる……
どうして気づかないのよ、つかさ!)

かがみが、それが焼き餅であると気づくのにそう時間はかからなかった。

(ど、どうして私がこなたなんかに焼き餅やいてるのよ!)

でも焼き餅を焼いているという事実をを認めるのは容易ではなかった。

つかさがとびきり嬉しそうに笑っている。
本来であれば姉であるかがみにとってそれは喜ばしいはずのことだった。
けれど今は悔しい。
やっぱりそれがこなただけに向けられているものだから。
何よりも、今のつかさはかがみにも見せたことがないほど嬉しそうにしている。

つかさは憧れていたのだろうか。
例え下手であってもこうしてかがみと一緒に料理を楽しむことを。
料理が好きじゃないかがみは今までそんなこと一度もしなかった。
でも、こなたがつかさの憧れを叶えてしまっている……。

「ねえ、私も何か手伝うことない?」

それ以上仲間外れにされることは耐えられなかった。
このままじゃつかさをこなたに取られてしまいそうな気がして。

「じゃあ、こなちゃんはお味噌汁の具を切って」

不思議なことに、その言葉を聞いた途端かがみの頭に味噌汁のレシピが浮かんできた。
何をどうするべきか、自然にわかってしまう。
もちろん、それはこなたが今まで蓄えてきた知識に他ならない。

大根を手に取ると、味噌汁の具にふさわしい大きさに刻んでいく。
かがみは自分の信じられない行動に驚き、そして喜んだ。
大根の皮が滑るように剥けてゆく。
薄く、切れずに長く皮が剥けてゆく。
今までのかがみにはできなかった芸当だけれど、
こなたの身体なら楽々とこなしてくれる。
いまだかつてないほど包丁が軽快なリズムを奏でる。

ただ大根を切っただけだというのに、かがみは感動していた。
この感動を誰かに伝えたい衝動に駆られた。

「見て、つかさ!大根切れたよ!こんなにきれいにできたよ!」

「……そうだね、きれいだね。じゃあ他のも切ってもらっても良いかな……?」

そうは言ったもの、どうしてそんなに喜んでいるのかつかさには理解できず、困惑していた。
こなたならその程度のこと楽にこなせるはずだと思っていたから。
それをかがみがやってのけたというのであれば驚きに値することなのだけれど。

「う、うん……」

つかさの反応があまりに期待外れで、がっくりと肩を落とすかがみ。

「かがみ、喜んでいるのを邪魔するようで悪いんだけど、
それって私の身体だからできたんだよ」

つかさに聞かれないようにこっそりと耳打ちするこなた。

「う、うるさいわね!わかってるわよ!」

こなたの身体でどう頑張ったところで、つかさはかがみの想いに気づいてくれない。
二人が仲良く話しているのを見せつけられる度に、
一層疎外感を感じる。

それ以上、そこにいるのはいたたまれなかった。

「私、やっぱり帰るよ」

「え?帰っちゃうの?」

とつかさ。

「宿題はまだ全部終わってないんじゃないの?」

とこなた。

「うん、でもあと少しだし自分でやってみるよ。
それにお父さんにご飯作ってあげなきゃいけないから」

そんな言い訳を残して、かがみは柊家から逃げ出した。



数日が経っても、かがみはこなたの身体で過ごす日常にまだまだ慣れないでいた。
戸惑いよりも寂しさが大きな原因だった。
お母さんともお父さんとも二人のお姉ちゃんとも、それにつかさとも離れた生活。
会いたければいつでも会いにいけるのだけれど……
それはもう柊かがみとしてではなく、泉こなたとして接することになる。
娘として、妹として甘えることができない。つかさももう甘えてくれない。

それなのに、こなたはすっかりと新しい身体での生活を満喫しているようだった。
悩みも迷いも戸惑いも何もなさそうに見える。
優れた環境適応能力、というよりも能天気なだけなのかもしれない。

そんなこなたが、思い出したようにかがみに言った。

「そう言えば、今度プールに行くって前から約束してたと思うんだけど、
かがみはどうする?」

「どう……って?」

「かがみはまだ今の状態に慣れてないみたいだから、行くのやめておく?」

「そうね……」

悩む素振りをみせながらも、心の中では答えは決まりかけていた。
今はそんな気分にはなれなかったのだから。

「つかさは寂しがってたよ。かがみが行かないかもしれないって言ったら」

「つかさが?」

その言葉を聞いて、かがみの顔が少しばかり明るくなる。

「じゃあ、やっぱり私も行こうかな……」

「きっとつかさも喜ぶと思うよ。じゃあ私は新しい水着買おうかな」

「……ん?水着?」

ふと何気なくこなたが口にした言葉をかがみは聞き逃さなかった。

「水着だったら私のがあるでしょ? それを着ればいいじゃない。どうして新しい水着を買うのよ?」

「いや、ほら。私も女でしょ?たまには可愛い水着とか着てみたいな~とか思うじゃん?」

「そんなわけないでしょ!小学校のスクール水着しか着ないような奴が
そんな血迷ったこと言うわけないでしょ!ひょっとしてあんた太ったんじゃないでしょうね!」

「そ、そんなことないよ……」

かがみはぐいっと顔を近づけて、こなたの瞳を覗き込む。
その瞳に映る虚言の証拠を見つけ出すために。

思わず目を背けるこなた。

「痛いよぉ!」

かがみはこなたの腹部に手をめりこませて、むぎゅっと力いっぱい握りしめた。
こなたはたまらずに悲鳴を上げた。

「あんた、これは一体なんなのよ!」

もう片方の手もめりこませ、両手で掴んで引っ張ってみせる。

「なんなのよ、これは!私の身体で勝手に太るんじゃないわよ!」

往来する人々が足を止めて思わず振り向いてしまうような叫び声。
そして目を釘付けにされてしまう光景。
けれど怒りに燃えたかがみは気づかない。

「ごめん……ごめんよぉ……。でも、かがみの体って気がついたら勝手に体重が増えてるんだよぉ」

目から涙をこぼしながら言い訳をするこなた。
お腹の肉が引きちぎられそうに痛む。

かがみとしては引きちぎってしまいたい程憎い憎い肉だった。

「痩せなさい!プールに行くまでに十キロは痩せなさい!」

「えぇ!私十キロも太ってないじゃん!」

一見すると至極な理屈。
太った体重以上に減らす必要はない。

「いいから痩せなさい!」

かがみは掴んだ肉をぎゅっとねじってつねり上げる。

「痛いぃ!」

悲痛なまでの叫び声。
少女たちの無邪気な戯れかと傍観していた周囲の野次馬達が、
止めるべきかとざわめき始めるほど。

「わかった、わかったよぉ!」

かがみはその言葉を聞いて手を放した。

「ちゃんと十二キロ痩せるのよ!」

セーラー服をめくり痛痛しいほど赤くなったお腹をさすっていたこなたは、
驚いて顔を上げた。

「さっき十キロだって言ったじゃん……」

そう抗議するつもりだったけれど、
かがみに凶暴な目つきで睨み付けられると次第に言葉が小さくなって消えていった。

体は小さくて愛らしいこなたのものになったはずだというのに、
その凶悪な眼光は健在だった。

「返事は!」

「……わかったよ」

「でも、宿題すらやらないあんたが、辛いダイエットをやり遂げられるとは思えないわね……。
だから、ペナルティを用意してあげるわよ」

そう言って邪悪な笑みを浮かべる。

「そうね。体重を百グラムオーバーする毎に、
こなたの大切な大切なフィギュアを一人死刑だからね」

聞いたとたんにこなたの顔が青ざめる。

「し……死刑って何をするつもり?」

「大したことじゃないわよ。はさみで切って、かなづちで叩いて、シュレッダーにかけるだけだから。
そうしたらどんなフィギュアだったかわからなくなるから、
捨てたってご近所にも知られなくて安心でしょ?」

かがみは笑っていた。

「やめてよ、そんな酷いこと!」

可愛いフィギュアがそんな酷い仕打ちを受けるなんて、
想像しただけで気が遠のきそうになる。

「大丈夫よ。たった十五キロ痩せるだけでしょ?こなたなら、できるわよね?」

「無理だよ、二週間もないのに痩せられるわけないじゃん!」

「愛の力があれば奇跡だって起こせるわよ。こなたの、フィギュアへの愛があれば、ね」

「うぐぅ……」

悔しそうに声を漏らす以外、こなたには反抗することも許されない。



それでも結局こなたは水着を買いに行った。
かがみには内緒で、一人で水着を買いに行ったのだ。
お気に入りの水着を求めて。

それにかがみが気づいたのはプールの更衣室。
ちらりと着替えているこなたの方に目を向けたときだった。

消えてしまいたくなるほど恥ずかしい光景を目にして、一瞬思考が停止した。
けれどいつまでも頭の中が真っ白では困る。
早く人目から隠さなければと、奮い立たせる。

かがみはこなたの身体を既に半分くらい覆った水着の肩紐を掴んで、
物陰まで引っ張っていった。

「ちょっと……かがっ……脱げちゃうよ!」

「脱ぎなさい!」

かがみは濃い藍色のワンピースタイプの水着の肩紐を下に引っ張り、強引に脱がそうとする。
胸元には白い布が縫いつけられてあり、そこに太いペンで『かがみ』とかかれている。
どこかの学校が指定していると思しき、所謂スクール水着だ。

「かがみ……だめだよ、こんなところで……人が来ちゃうよ。
それに私、心の準備が……」

言いながら顔を赤くした。

「なんて水着を着てるんだ!恥ずかしいじゃないのよ!一体どうしたのよ、これ!
私こんなの持ってなかったわよ!……買ったのか?ひょっとして買ったのか!」

「がんばって痩せた私への御褒美」

こなたは目一杯可愛いポーズを作って見せる。

かがみはそれを無視して、
露になった肌に目をやり確かに脂肪が消えていることを確認する。

「別にいいじゃん。私がどんな水着着ようと勝手でしょ?
かがみだって好きな水着買って着てるんだし」

今かがみが身に付けている水着も、買ったばかりのものだった。
少なくとも、それはこなたの持ち物ではなかった。

「しかたないじゃない!あんたスクール水着しか持ってないんだから!
そんな恥ずかしい格好できるわけないでしょ!だから新しいの買ったのよ!
って言うか、私はてっきりあんたが水着にお金を使うのを惜しんで、
昔のスクール水着を着ているのだとばかり思っていたわよ……。
それなのに、わざわざ買ってまで着るなんて……。
お願いだから、私の姿でそんな恥ずかしい恰好しないでよ!」

「えぇ~?何も恥ずかしくないじゃん。
学校指定の露出の少ない健全な水着だよ?
私にはかがみみたいに人前でおへそを出すなんてはしたない真似はできないよ……」

かがみは言い返す言葉が見付からなかったので、
とりあえずぐーでこなたの頭を叩いてみた。

「痛いよぉ!」

「ひょっとして、水着はこれしか持ってきてないの?」

「当たり前じゃん。どうして水着を二着も持ってくるんだよ?
それとも、かがみは私に全裸で泳げっていうの?
……まぁ、それも面白そうだけど……」

途中まで脱がされかけた水着を、自ら脱いで出口へ向かおうとするこなた。

その腕をかがみががっしりと掴んで、二度物陰に連れ戻す。

「まぁまて……。私が悪かった。だから、良い方法を考えてみよう」

「お二人とも、どうかしましたか?」

すっかりと着替えを済ませたみゆきが、
着替えの手を止めたまま揉めている二人の様子を伺いにきた。

「か……か、かがみが水着忘れちゃってさ……」

言いながら、かがみは悔しさを飲み込む。
プールに行くのに水着を忘れるだなんてドジを自分なら絶対にやらかすはずがない。
それなのに、こなたの馬鹿のせいでそんな屈辱的な言い訳を口にする羽目になってしまった。

「まぁ、そうだったんですか。でも私ちょうど水着を二着持ってきてしまっていたので、
よければお貸しますよ?」

「どうして水着を二着も?」

「父が、そんな露出の多い水着はダメだと反対したものですから……
あきらめて別の水着を持って行くふりをして、二着持ってきたからなんですよ」

「それが、お父さんに反対された水着?」

かがみはまじまじとみゆきの水着を見つめる。
一見すると普通のセパレートタイプの水着にしか見えない。

同じくみゆきの身体をまじまじと眺めていたこなたが口を開いた。

「あぁ、でもいいよ。この身体じゃみゆきさんの水着は着れないから。
サイズが合わないよ」

ぺちぺちと自分の胸を撫でていたこなたは、ちらりとかがみの方を見る。

こなたの悪意を察したかがみは、無言でこなたの背後に歩み寄る。
みゆきからは見えないようにそっと手を伸ばし、
こなたの背骨の皮を摘んでぎゅっとつねりあげた。

こなたは言葉にならない声をたまらずに吐き出した。

「かがみさん、どうしたんですか?」

心配そうにおろおろとするみゆき。

「大丈夫よ、水着を持ってこなかったこいつが悪いんだから。
今日は一日中プールサイドで大人しくしているわよね?」

かがみは、こなたの背中に指を二本這わせたまま、こなたを睨みつける。
返事次第では二度痛い目に合わせてやるという脅しを大いに含んだ視線で。

「うん……」

こなたの水着はかがみに没収された。



「つかさ、ちゃんと日焼止め塗っておかないとあとで酷い目に合うわよ」

プールサイドで、かがみは妹の心配をしていた。
夏のレジャーのあと、お風呂に入って悲鳴をあげるのは毎年のこと。

「え?でも今塗ったよ?」

日焼止めクリームのキャップを閉めながら、不思議そうに言う。

「まだ塗れていないところがあるでしょ。
貸しなさい、塗ってあげるから」

そう言って手を差し出す。

かがみはつかさが日焼止めを塗る一部始終を観察していたのだった。
すると案の定背中を始めいろんなところに手が届いていなかった。

「え……でも……」

不安気な表情を浮かべたまま、躊躇うつかさ。
クリームを差し出すどころか、奪われまいと両手で隠してしまった。

何かよからぬ悪戯を企んでいるのではないかと、
こなたの身体はつかさに不要な警戒心を抱かせてしまう。

「じゃあ私が塗ってあげるよ」

こなたが口をはさむ。

「うん、お願い」

つかさはかがみの身体に絶大な信頼をよせている。
だから笑みを浮かべて迷わずにクリームを渡した。

かがみはただつかさの事を思っているだけだというのに、
こなたの身体であるというだけで無条件に警戒されてしまう。

二人がじゃれあいながら日焼止めを塗っている様子を見つめていた。
日焼止めを手に取って背中に塗りたくる。
水着の間に手を滑り込ませて塗りたくる。
それにつかさが驚き、そしてくすぐったそうに身体をよじる。
でも拒んでいるわけではなかった。

二人は向き合って座った。
つかさは正座をして、腿の上にぎゅっと握った拳を置いている。
目を閉じて、クリームを塗るこなたの指に任せている。
そして時おり可愛い声を漏らしてじゃれていた。

それは私の役目だったはず……
じゃれている二人をみながらかがみはつぶやいた。

こんなことにならなければ、つかさの軟らかい肌を愛撫しているのはかがみの特権だったはず。
でも今はこなたに奪われてしまった。
恨めしそうに、そんな二人を見つめているかがみがいた。

こなたは水着なんてなくてもずっと楽しそうにしていた。
つかさがいれば楽しいはずだ。
一人泳げずにプールサイドに取り残されたこなたを、
つかさが放っておくはずがないのだから。



結局、プールに遊びにいったものの、
ちっとも楽しむ気分になれなかったかがみ。

家に帰るとそこに追討ちをかけるようにそうじろうが呼びつけた。

「こなた!ちょっと来なさい!」

今までに聞いたこともないような厳しい声の調子。
かがみでさえも、一瞬ビクッと怯んでしまう迫力があった。

「なに……?」

おそるおそる様子を伺うように、顔をのぞかせる。

「こなた、ここに座りなさい」

そうじろうは座蒲団の上に珍しく正座をして座っていた。
そうして、自分の向かいの畳をぱんと叩いた。

かがみは素直に従った。

「正座しなさい!」

言われて、慌てて姿勢を正す。
ちらりと伺ったそうじろうの表情はやっぱり険しいままだ。
明らかにお説教をする体制なのに、かがみには全く心当たりがない。
と、言うことはこなたのやらかした事で怒られる羽目になったのかと思った。

そうじろうは無言のまま、背後から本を数冊取り出して、
二人の間にぽんと軽く叩きつけるように置いた。

びくっと一瞬身を縮ませ目を閉じてしまったかがみ。
そしてゆっくりと開いた目に飛び込んできた本の表紙に驚愕した。
それは明らかに未成年が見ることを禁じられている本であった。
けれどもそれ自体は今さら驚くような事でもない。
こなたの部屋やパソコンの中に不健全なものが堂々と
隠さずに収納されていることをかがみも知っていた。
もちろん、そうじろうも知っているはずだった。

ただ、今回の本は少女たちの裸体を扱ったそれらの本とは少し趣が違う。
美しい少年たちが半裸の身体を絡ませている絵が描かれていた。
その妖艶さはかがみが思わず我を忘れてその表紙に視線を奪われてしまう程だった。

「こなた!」

その声ではっと我に返る。

「お父さんな、こういうのはよくないと思うぞ」

「え?……こういうのって?」

かがみは一瞬耳を疑った。
今までさんざん娘に卑猥なものを買い与えていたダメ親父なのだと思っていたのに。

「こなたは……こなたはっ、こんなのがいいのか!
こんな、こんな男同士が絡んでいるような……こんなのが」

そうじろうは興奮しすぎているのか、動揺しているのか冷静ではない。
言葉を吐き出しながらばんばんと本の表紙を叩く。

「こんなものの、一体どこがいいって言うんだ!」

本を手に取り、適当に開く。
そしてそれをぐいっとかがみの顔に押し付けんばかりに見せつける。

「そんなの……別に……」

かがみは言い返す言葉が見付からなかった。
そもそも自分のものではないのだから、言い訳のしようもない。
でも本当の理由は、顔を背けるふりをしながらも横目で本を凝視し、
その映像を脳裏に焼き付ける事に忙しく思考が停止していたために
言い訳ができなかっただけだった。

「べ……別に、興味なんか……」

そうじろうはぱたんと本を閉じると、
また元のように表紙を上にして積み上げた。

「あっ……」

思わず名残押しそうな声を漏らしてしまったかがみ。

「なんていやらしいんだ!不潔だ!汚らわしい!お前は腐っている!
お父さんはな、こなたをそんな娘に育てた覚えはないぞ!」

わめき散らして興奮していたそうじろうをなだめたかがみは、
適当に言いくるめると本を取り戻し部屋に戻った。

「こなたのやつ……こんなところに隠してたんだ」

飽きれながらも巧妙な隠し場所に驚き感心していた。

タワー型の大きなこなたのパソコン。
どうしてこんなに大きなものを使っているのかと常々疑問に思っていたかがみではあったけれど、
その謎が解けた。
ケースの中の余剰スペースにこなたは秘密の宝物を隠していたわけだ。

そして、こなたにこんな趣味があったということにも驚きだった。

「ま……でも、当然よね」

美少女ゲームに興味があるように振る舞ってはいたが、
やはりこなたも乙女であったということか。

一見人には言えないような秘密をおおっぴらにしているように見せかけておいて、
実は本当の秘密の存在をカモフラージュしていた。

部屋中に、隠しもせずにおおっぴらにされているいかがわしいものが全てがおとりで、
こなたの本当の秘密はこのパソコンの中に隠されていたものということだ。

門違いの科で怒られた仕返しに、この秘密でこなたを詰ってやろうかと
一瞬思ったかがみではあったけれど、
黙って本を元の場所に戻すことにした。

取り乱し、顔を真っ赤にしながらも、しどろもどろと言い訳を連ねるこなたの姿が脳裏に浮かんだ。
生意気なこなたが、死にたくなるほど恥しがっている姿は一度見てみたい気もした。
いつも冷やかされている仕返しができる絶好のチャンスだった。

「でも、いくらなんでもちょっと可哀想よね」

もうそうじろうにも知れてしまったのだから隠す必要はない。
けれど、こなたが誰にも知られたくないと思っている秘密なのだから、
見なかったことにしてそっとしておくのがこなたのためだと思っていた。

「それにしても、よくこんなところの本を見つけたわね……」

普通、パソコンのケースは滅多に開けない。
日常的に使用しているパソコンならなおさらだ。
ましてや、機会に弱いとされている女性ならまず開けることはないから、
母親から何かを隠すには最高の隠し場所とも言われているとかいないとか。
けれど、そうじろうはパソコン音痴ではなかったのだろうが、
娘のパソコンをどうするつもりだったのか、かがみは甚だ疑問であった。



「かがみはいないの?」

柊家を訪れていたかがみがつかさに尋ねた。

「うん、バイトに行くって出かけちゃったよ」

「バイト?あいつバイトなんか始めたの?」

「うん、今日が初日なんだって」

「あいつ……ちゃんと勉強はしてるの?」

「そう言えば、最近はあんまりお姉ちゃんが勉強してるところ見ないな」

「しょうがないわね、あいつは……。
私たちだけでもやるわよ」

今日はかがみがお泊まりをする予定だった。
昼間は勉強会をすることになっていたのに、一番便りになるかがみの頭脳がいない。
心許ないけれど、つかさとこなたの頭脳だけで取り組むことにした。

二人で床に座って小さなテーブルに向かい合った。

「ねぇ、こなちゃん。ここの問題なんだけど、わかる?」

不安気に問う。
どうせ自分と同レベルなのだから、わかるはずはないだろうと思いつつも一応聞いてみた。

「あぁ、これはね……」

すらすらと説明をしだすかがみ。

それを呆気に取られた表情で見つめたまま硬直するつかさ。
話なんて全然頭に入っていない。

「こ……こなちゃん、どうしてわかったの……?」

「あんた、ひょっとして私がこの問題解けたから驚いてるんでしょ?
この間まで同じレベルだったはずなのに差をつけられたって焦ってるんでしょ?」

「そ、そんなこと……」

言葉が続かない。図星だったのだから。

「私だってね、これでも頑張ってるのよ。
つかさも同類がいるからって安心していると置いていかれるわよ」

「こなちゃん、なんだかお姉ちゃんみたいなこと言うね。
なんだかお姉ちゃんに怒られてるみたい……」

かがみに怒られるのなら素直に聞き入れられたであろう事なのに、
それがこなたからだと不思議と悔しさがこみ上げてくるつかさであった。

「はぁ……。わっかんないなぁ……」

しばらく自分の宿題に取り組んでいたかがみが、
突然ペンを放り出して床の上に仰向けで大の字になった。

「どうしたの?難しい問題でもあった?」

広げたままにしているノートを覗き込んだ。
どの問題でつまずいているのか気になった。
こなたができずにいる問題を見事に解いてさっきの仕返しをしてやろうなどと、
少しばかり目論んでもいた。

けれども、こなたの身体になったとはいえ、
相変わらず努力を続けていたかがみに、
おいそれとつかさが太刀打ちできるはずもなかった。

(前は、こんな問題できないはずはなかったのにな……)

ふと昔を思い出すかがみ。
もちろん、昔のかがみにだってわからないことはあったし、
解けない問題もあったはず。
でもこんなところでつまずきはしなかったはずだった。

前はすらすら解けたはずの問題ができない。
理解したはずの事が頭に入っていない。

こんなことになる前は、
もっと物覚えも理解力がよかったような気がしていた。

(ひょっとして、こなたって頭悪いのかな……)

ふと、つぶやいてしまった言葉。
かがみにはそう思えてならなかった。

「こなちゃん、そろそろ休憩しない?お姉ちゃんと焼いたクッキーがあるんだけど、食べる?」

そろそろ、とは言ったもののまだ始めて一時間も経っていない。

「……うん」

とてとてと階段を踏み鳴らしてかけていくつかさの足音がする。

しばらくすると、お盆にクッキーと二つのグラスに入ったココアを載せて戻ってきた。

「疲れたときは甘いものがいいんだよ」

いいながらかがみの前にココアを置く。

そう言いながら、勉強のストレスをお菓子で発散させ、
ぷくぷくと脂肪をため込んでいた忌まわしき日々がかがみの脳裏によみがえった。

けれど、それはもう過去のこと。
こなたの身体はおいそれと太ることはできなかった。
今はもう、体重計なんて恐くない。

そう思うととたんに笑みがこぼれる。

「つかさのクッキーは本当においしいわよね」

ダイエットの恐怖から開放されて食べるクッキーは、幸せだ。
余計な事を考えずに、今目の前にあるクッキーをおいしく頂くことだけに集中すればいいのだから。

「でも、これはお姉ちゃんも手伝ってくれたんだよ」

「へぇ……」

いつぞやの、こなたとつかさが楽しそうに台所に並んでいた光景を思い出す。
同時に不愉快な気分になる。

「最近お姉ちゃんが料理を手伝ってくれるようになったんだよ」

そう言ったつかさの顔はとても嬉しそう。

「まだあんまり上手じゃないんだけど……
でも頑張って手伝ってくれるんだよ」

「楽しそうね……」

「うん、私お姉ちゃんと一緒に料理するのが夢だったんだ!
お料理ってこんなに楽しいのに、どうしてお姉ちゃんはやらないのかな?
ってずっと思っていたんだけどね。だから嬉しい」

そのつかさの幸せそうな表情は、かがみを苦しめる。
そんなに嬉しそうな顔を、今まで見せてくれたこともなかったのに。

つかさは自分と一緒にいるよりもこなたと一緒にいる方が嬉しそう。
つかさには自分よりもこなたの方が姉としてふさわしいんじゃないだろうか。
考えたくもない事が頭を過る。

すっかりと日が暮れて暗くなった頃にようやくこなたが帰ってきた。

「あれ、かがみ何してるの?もう外暗くなってるよ」

「何言ってるのよ、今日泊まりにいくって言ってたでしょ!」

「ごめん、ごめん。すっかり忘れてたよ」

「ついでに昼間は勉強会するって言っておいたはずだけどね。
あんた相変わらず勉強してないんでしょ?」

「でもこの間かがみだって勉強しなくていいって言ったじゃん」

「まぁ、そうだけど……でも少しはしてくれないと元に戻ったときに私が困るでしょ……」

「でも、今はお腹へったからあとでね」

かがみのものだった部屋を目指して廊下を進むこなた。
その後を追うかがみ。

「そう言えば、バイト行ってたんだって?」

「うん、そうだよ」

話を続けながら着替えを始めるこなた。
ベッドに腰かけたかがみの視線があったけれど、全く気にすることはなかった。
どんなにじろじろ見られたとしても、かがみの身体なのだから隠す必要もない。

「ひょっとして……コスプレ喫茶とか……?」

「違うよ」

言いながら脱いだ服をベッドに放り投げる。

「ちょっと、私の服なんだから丁寧に扱ってよね!」

「いいじゃん、そのくらい」

気にも止めずにラフな部屋着を引っ張り出す。

「それで、なんのバイトしてるの?」

「パン屋さんだよ」

「え!ひょっとして、作ってるの?」

「まさか。店番だよ。大体かがみがまともに料理もできないことくらい知ってるでしょ?」

「わ、悪かったわね!……でも、あんたにしてはずいぶんとまともなところで働いているのね」

「だって、かがみが嫌がるじゃん。この姿でコスプレなんてしたらさ」

「まぁ、そうだけど……」

こなたなりに自分の事を気にしてくれているんだ、そう思うと嬉しい気持ちがこみ上げてくる。

「でも、ずいぶん遅かったわね。いつもこんなに遅いの?」

「まあね。そうだパンもらったんだけど、かがみも食べる?あまりものだけど」

「いいわよ、もう晩ご飯食べたんだからお腹減ってないわよ」

「そっか、そうだよね。私も前はそんなことなかったんだけどね、
かがみの身体になってからいつもお腹が減ってるんだよね……。
かがみの体って変じゃない?」

「そそそんなことないわよ、普通でしょ!」

その夜は二人で一つのベッドにはいった。
でもかがみのベッドは二人で使うには小さかった。

「やっぱりちょっと狭いかな?ふとん敷いた方がよかったんじゃない?」

「これでいいわよ。くっついている方が効果があるかもしれないでしょ?」

かがみはこのために泊まりにきていた。
こなたと一緒に寝るために。

「でも、本当に元に戻れるのかな?」

「わからないわよ。でも、やってみるしかないでしょ」

二人の身体が入れ替わってしまったあの時と同じ状況を再現すれば、
二度入れ替わって元に戻れるかもしれないと考えたのだった。
あの時はかがみのベッドではなかったけれど、こうやって身体を寄せあっていた。

「こんなことで身体が入れ替わるなんて信じられないよ」

「信じられなくても、実際にそうなったんだから。
またそうなってくれないと困るじゃない!
他にどうやったら元に戻れるかなんて、全然わからないんだから!」

かがみの声の調子が少しばかり強くなっていた。

「かがみはそんなに元に戻りたいんだ……」

こなたはつぶやくように言った。
それはどこか寂しげでもあった。

「当たり前じゃない!こなたは戻れなくてもいいって思ってるの?」

「う~ん……」

唸ってから少し間を置いた。
その間に自分の気持ちを振り返っていたのだった。

「元に戻れないなら、別にそれでもいいかなって思ってるよ」

「ど、どうしてよ!」

てっきりこなたも自分と同じ考えだとばかり思っていただけに驚いた。
あまりに意外な答えだった。

「だってかがみの身体だもん」

少しばかり照れ臭そうな表情を浮かべたこなた。
こなたはその一言で十分に思いが伝わるものだと信じていた。
愛しいかがみと身体が入れ替わったのなら、それは悲観することでもないと思った。
むしろ、嬉しいと思う気持ちさえあったかもしれない。

そんなこなたの表情は、かがみにはにやけているようにしか見えなかった。
それがかがみを苛立たせてしまった。

「そりゃ、あんたはいいわよね、私の身体なんだから。
でも、私はどうなるのよ?あんたの身体に入ってしまった私はどうなるのよ!」

「……どうしたの、かがみ。何を怒っているの?」

「私が今まで頑張って詰め込んできた知識をなんの苦労もしないで手に入れられたんだから、
あんたはいいわよ。
でもあんたの頭にはろくなものが詰まってないじゃない!おまけに頭も悪いし……
あんたの身体のせいで私がどんなに苦労してると思ってるのよ!」

こなたはしばらくの間黙っていた。
それから、身体を起こしてベッドの縁に腰かけた。
かがみに背を向けながら俯いている。

「かがみって、私のことそんな風に思ってたんだ……」

返事も聞かずに立ち上がり、ドアへと向かう。

「ちょっと、どこに行くのよ!」

「そんなこと言われて、一緒に寝られるほど私が能天気だと思ってたの……」

ノブに手をかけたところで動きを止めて答えた。

「かがみの部屋なんだから、一人で寝ればいいじゃない」

そして廊下へと姿を消した。

そのままこなたはつかさの部屋へと向かった。

ノックもせずに部屋に入り、そっとドアを閉める。
案の定つかさも既に眠っていたようで、部屋は暗かった。

ドアの前に立ち尽くしていると、つかさが気づいたらしい。

「お姉ちゃん……?どうしたの、こんな時間に?」

「つかさ……一緒に寝てもいい?」

「いいけど……こなちゃんは?」

その問には答えないまま、つかさの隣に潜り込んだ。

つかさもそれ以上尋ねようとはしなかった。
無闇に詮索するのはよそうなどと考えていたわけではなく、
ただ寝ぼけた頭ではそれ以上思考できなかっただけにすぎない。

そんなつかさでも、すぐ隣で声を押し殺してすすり泣いている気配に気づけないほど
鈍感なわけではなかった。

「どうしたの……お姉ちゃん」

聞いたところで何も答えないこなた。
もっとも、この状況では、一緒に寝るはずだったもう一人の方と
何らかのトラブルがあったであろうことは想像に難くない。

「こなちゃんが酷いことしたの?」

珍しくつかさの言葉に怒りというものが感じられた。

それでも何も答えないこなた。

それこそが肯定の証だとつかさは思った。
何も事情は知らないけれど、つかさの中では既にどちらが悪者なのかはっきりとしていた。
大好きな姉が間違うはずがないと、信じて疑わないのだから。

こなたはベッドから立ち上がろうとするつかさの手を掴んだ。

「いいよ、つかさ……。今は一緒にいて」

つかさは珍しく芽生えた怒りを飲み込むと、
二度寄り添うように横なった。

「お姉ちゃん……」

溢れてくる涙を止められずにいる姉の頭をそっと抱いて、
その長い髪を愛撫した。

こなたが眠るまでずっとそうしていた。

そのうち、つかさも眠りに落ちた。



久しぶりに自分の部屋の自分のベッドに身体を横たえたかがみ。

それなのにちっとも落ち着かない。
ほんの少しの間こなたと入れ替わって過ごしていただけだというのに、
この部屋はもう自分の部屋ではないような気がした。
基本的に部屋の中は前とほとんど変わっていない。
でも細部が少しずつ違う。
少しずつ少しずつこなたの生活スタイルに合わせて
ものの配置が変わっていることに気づいた。
するともうここは自分の部屋ではないのだなと感じてしまった。

一人取り残されたベッドで無理に目を閉じても眠れない。
出ていったこなたの事が気になってしかたがなかった。

まずいこと言っちゃったかな……
そう思うものの、追いかけて謝ろうとはしなかった。

謝っておけばよかったかな?
そう思ってももう遅い。
時が経てば経つほどに謝り難くなる。
それにこなたはもう寝てしまったかもしれない。

かがみが素直に謝れないでいたのは、
こなたの不自由な身体に不満があったからだった。
だから早く元に戻りたいとばかり思っていた。
それが当たり前だと思っていたのに、こなたはそうじゃなかった。

だから思わず飛び出してしまった本音。
間違っていることを言っているつもりはなかった。

そのまま朝を向かえてしまうと、
こなたとは少ししか言葉を交わさなかった。
あまり目を合わせることもできなくてぎこちなくなってしまった。

つかさに至っては心なしか敵意を感じてしまう有様だった。

そんなぎこちない関係を修復できないまま、かがみは泉家へと帰った。



昨日の夜、よく眠れなかったせいか、
ベッドで横になって考えているうちに次第にまどろんできた。

気づけば夢を見ていた。
それはかがみにとって悪夢と言える代物だった。

「かがみはずっと私のこと好きでいてくれると思ったのに……
私のこと見下してたんだ」

「こなちゃんのこと、友達だと思って信じてたのに……最低だよ」

そう言って二人は汚いものでも見るような目をかがみに向けた。

「ごめん、こなた!あれは違うのよ!」

慌てて二人の元に駆け寄り弁解しようと引き止める。
その手をこなたは払いのけた。

「かがみの気持ちはよくわかったよ。だからもう話しかけないで」

感情の籠っていないその声は、まるで鬱陶しい勧誘をあしらうかのよう。

背を向けて立ち去ろうとする二人。
その時につかさがつぶやいた言葉で、かがみはその場に崩れ落ちた。

「こなちゃんなんてしんじゃえばいいのに」

はっと夢から覚めたかがみの目からはいつの間にか涙が溢れていた。

現実と錯覚してしまう様な夢だった。
それはただの夢ではなく、今朝その前兆とも思えるような状況になっていた。
近い未来にそれは夢ではなくなるかもしれないという恐怖が確かにあった。

寂しがり屋のかがみにとって、二人との絶交は絶望的な事だった。
すると、とたんに後悔の念がこみ上げてきた。

(私……なんで昨日あんなこと言ったんだろう……)

思えば、あの時は冷静ではなかった。
そのせいでこなたを深く傷つけてしまった。
かがみの放った一言が些細なものであったとしても、
心を開いて深く信頼していただけに、
無防備だったこなたの心に大きな傷をつけてしまった。

(言わなければよかった……)

大切なものを失う恐怖を目の当たりにして、後悔した。
でも、もう遅いかもしれないと思うと、悔しさとともにまた涙が溢れてくる。
どんなに悔やんでも、一度口を離れた言葉は戻ってこない。

(謝らなきゃ!)

その時、そうじろうが来客を告げた。

「こなた、お客さんだぞ」

玄関の辺りで叫んでいるようだった。

今はそれどころではないのだけれどと思いながらも、玄関に向かった。
途中、誰かと約束でもしていただろうかと記憶を遡ってみたけれど、そんな覚えはなかった。

意外にも、玄関に立っていたのはこなただった。
会って謝らなければと思っていた時にタイミングよく現れたものだから、少し驚いた。

けれど、その表情にはいつもの能天気さは微塵もなく、
俯き加減の顔には明らかに元気がなかった。

そしてかがみの姿を目にした瞬間不安の色に変わった。
また何かかがみにきついことを言われるのではないかと、恐怖が頭を過ったのだろう。

「どうしたのよ?」

そう言ったかがみの声にも不安が滲んでいた。
傷つけられまいと身構えてしまったのか、少し攻撃的な調子になってしまった。

「泊まりにきた……ダメかな?」

怯みながらもそう言ったこなたは、身体の前に少し大きめの鞄を両手で握っていた。
大方着替えとかのお泊まりセットが入っているのだろう。

「良いわよ、別に。いつまでもそんなところに立ってないで中に入りなさいよ」

緊張が解けて、今度はいつもの穏やかな調子に戻った。

けれどこなたは動こうとせずにそのまま玄関に立ち尽くしていた。

「何してるのよ?」

「ごめんね、かがみ……ごめんね」

言い終わらないうちに声を詰まらせて涙を流し始めた。

「ちょっと、どうしたっていうのよ?」

突然の事に慌てた。

「ごめんね……ごめんね、私が……私が馬鹿だから……」

嗚咽しながらも、必死に何かを謝ろうとする。

「私が馬鹿だからかがみに迷惑かけて……」

途切れ途切れになりながらも辛うじて口にできた言葉だったけれど、
かがみはうまく聞き取れていなかった。

「落ち着いて話しなさいよ」

そうは言ったものの、ドアの影からこちらを覗いているそうじろうの姿が目障りだった。
こなたの泣き声に驚いて様子を見にきた可能性もあるかもしれないけれど、
端から聞き耳を立てていたような気がした。

「とにかく部屋に行くわよ」

ぐしぐしと涙を拭っている手を掴んで、引っ張っていった。

こなたを床に座らせて、かがみもその隣に並んで座った。
そのままこなたが泣き止むまで黙って待った。

(どうしてこなたが謝ってるんだろう?謝らなきゃいけないようなことを言ったのは私なのに……)

そんな疑問も、こなたが泣き止んでから聞いてみるつもりでいた。

「ごめんね、かがみ。私が馬鹿だから……今まで勉強してなかったからいけないのに、
それでかがみに迷惑をかけてしまって……。
それなのに昨日は私逆切れしたし、せっかくかがみが泊まりにきてくれたのに一緒に寝なかったし……
ごめんね……。私元に戻れるように頑張るから、
だから、私のこと嫌いにならないで」

こなたは涙で濡れた顔でかがみをすがるように見つめた。

「き…………嫌いになんて、なるわけないでしょ……」

かがみは顔を背けてごにょごにょと言ったものだから、
こなたは十分に聞き取ることができなかった。

それでも、ほんのりと赤くなっているかがみの頬を見れば、答えは聞き返すまでもなかった。

「かがみ、怒らないでね?」

「怒るって……なんでよ?」

「かがみは勘違いしてるみたいだけど……。
私ね、かがみと身体が入れ替わったこと、そんなに嫌じゃなかったんだよ。
って言うか嬉しかった。
だってかがみのこと大好きだから。
大好きなかがみになれたんだから全然嫌じゃなかったよ」

こなたが恥ずかしげもなくそんな言葉を口にした分だけ、
聞いているかがみの方が恥ずかしくってしかたがなかった。
その証拠に、顔はゆで蛸の様に赤い。

「あ、赤くなってる。かがみ、可愛い」

そう言って頭をやさしくなでなでする。

「でも、そう思ってたのは私だけだったんだね……。
ごめんね、かがみが嫌がってたことにちっとも気づかなくて……」

今度はしゅんとなって寂しそうに言った。

「別に私だって嫌だったわけじゃ……」

言葉の途中で口をつぐんでしまったかがみ。
嬉しいのかどうか自分でもわからなかったから。
そう言えば、かがみは身体が入れ替わったことに戸惑ってばかりで、
元に戻ることしか頭になかった。
こなたみたいに、入れ替わって嬉しいだとか嫌だとかそんなことを考える頭さえなかった。

「こなたって、前向きよね」

「そう?」

「そうよ。あんたのその前向きな考え方には恐れ入るわよ」

「そうかな?」

普段褒められることなんてあまりないこなたが、
かがみに褒められたのだから目一杯照れてしまう。
かがみが半ば呆れて言った言葉であることには気づいていない。

「でも、昔の私だったらそんなに前向きに考えられなかったと思うよ。自分に自信がなかったから。
でもね、かがみが好きだって言ってくれたから、こんな私でも好きだって言ってくれたから、
だから自信が持てるようになったんだよ。前向きな考え方ができるようになったのもそのおかげかな」

それだけに、かがみに自分の身体を否定されたときは絶望した。
自信を失ったなんてものじゃない。
自分に自信を与えてくれたかがみの言葉は、こなたを絶望のどん底に叩き落とす力をも持っていた。

「私なんて悪いことばかりにしか目がいかなかったわよ。
こなたと入れ替わって無くしたものの事ばかり気にしてしまって、
元に戻ろうとしか思ってなかったから。
でも、こなたは全く逆の事を考えていたのよね?
もう新しいバイトまで見つけてるなんて、あんたの適応力は大したものよ」

「ねぇ、悪いことって何?」

いじわるい笑みを浮かべてこなたは聞いた。
きっとかがみは自分の欠点を指してそう言ったのだろうと思った。
はたしてかがみは自分の欠点を一つずついうのか、
あるいは『しまった』という顔を見せるのか、反応が楽しみでもあった。

「あんたは思わなかったの?お父さんに会えなくなって寂しいとか?」

「う~ん…………まぁ、なくはないかな」

そう照れ臭そうにこなたは言った。

「私は寂しかったよ。って言うか、悔しかったのかな……。
つかさをあんたに取られたみたいで……。
つかさの姉は私しかいないって思っていたのに、
それをあんたにあっさり取って代わられちゃって……。
むしろつかさはあんたと一緒にいる方が楽しそうだったから……
だからかな、早く戻らなきゃって焦ったのは」

「そっか……。かがみ寂しがり屋さんだもんね」

冷やかすようにかがみの頭を撫でる。

「う、うるさいわね!」

また赤くなった顔を隠すように背けながら、かがみはその手を払いのけた。

「かがみの家は賑やかだもんね。つかさだけじゃなくて、お姉さんが二人もいるし。
でも私の家はお父さんと二人だけ。だから、私よりも寂しかったんでしょ。
別に恥しがることじゃないと思うよ。寂しいって素直に言えばいいじゃん。
一人でため込んじゃうから、爆発しちゃうんだよ。
私だって、言ってくれなきゃかがみの気持ちがわからないよ……
だから、言ってほしかったな……」

黙って顔を背けたまま聞いていたかがみに、
こなたは覆いかぶさるようにしてそっと抱きついた。
そして耳許に顔を寄せて、

「でも、かがみのそういうところ、可愛いから好きだよ」

かがみの顔が一段と赤くなり、照れている様を見て楽しむ。

「こなた、昨日は酷いこと言ってごめんなさい」

顔を背けたまま呟くように言ったあと、こなたに向き直る。

「やっぱり私はこなたが好きだから。こなたのだらしないところも全部好きだから。
だから、許して……」

かがみが普段は恥しがってなかなか口にしない言葉を、この時ばかりは真剣な眼差しで、
こなたの瞳を見つめて言った。

こなたも、かがみの思いにまじめに答えるつもりでいた。

けれどもその張りつめた沈黙をまぬけな音が破った。
その乙女にふさわしからぬ音はこなたのお腹の辺りから響いてきていた。

「まじめな話してるんだから少しは我慢しなさいよ」

「しかたないじゃん、お腹減ったんだから。それに、これはかがみの身体が
お腹減ったって言ってるんだから私のせいじゃないよ。
私だって壊れた腹時計がいつも鳴ってるから迷惑してるんだよ?」

「じゃあ何か作ってあげるわよ。何が食べたい?」

そう言って、かがみが立ち上がる。

「かがみが作ってくれるものならなんでもいいよ」

こなたも立ち上がると、かがみの手をとって台所へと歩きだす。

「あ、でも私はあんまり手伝ってあげられないからね。
不思議なことに、かがみの体だと料理がちっともできないんだよ」

「うるさいわね!どうせ私は料理もできないわよ!」

そんなことを言いながらも、こんなおかしな関係は今日で終わるものだと二人は思っていた。
今夜、また一緒に眠れば二度体が入れ替わって元に戻るはずだと信じていた。
だから、残された数時間はしばらくの期間を共に過ごしたお互いの身体との名残を惜しんでいた。

「こなたの体で過ごすのもこれで最後だと思うと、なんだか少し寂しい気がする」

ベッドに潜り込みながら言った。

「かがみのエッチ。でも言ってくれたらいつでも触らせてあげるよ。
私、かがみにだったら何をされても平気だから」

「ば、ばかっ!そんなんじゃないわよ!」

顔を真っ赤にしながら力いっぱい否定する。

「そんなこと言ってないで早くベッドに入りなさいよ!寝るわよ」

「優しくしてね」

ベッドに潜り込んでからかがみの耳許でささやく。

「なにもしないわよ馬鹿!」

「でも、やっぱり私はかがみの体で過ごせて楽しかったよ」

「私も悪い方にばかり考えていないで、もっと楽しめばよかった」

これで体が元に戻ると思えばこその、余裕の言葉だった。
二人はこれで元通りに戻るのだと信じて疑わなかった。

「おやすみ」

二人はお互いの指を絡めあい、ぎゅっと握る。
それから目を閉じた。



すすり泣く声。
かがみはそれで目を覚ました。

目を開くとベッドの上に座り込んだこなたが、
かがみに背を向けて泣いていた。

次第に頭が夢の世界から戻ってきて思考がはっきりしてくると、
その後ろ姿を見て気づいた。
そこにあるのが自分の身体なのだから、まだ元には戻っていないということに。

これで元に戻れるはずだと思っていただけに、かがみはショックだった。
これがダメならどうすれば元に戻れるのか全く検討がつかなかった。
もう諦めなければいけないのかという絶望感さえ湧いてくる。

念のためにと自分の体を確かめてみても、昨夜と何ら変わりはなかった。

「こなた」

「ごめんね、かがみ」

こなたは振り返ることもなく、泣いたまま言葉を続けた。

「ごめんね……。私が、私が戻りたくないなんて言ったから……
だから元に戻れなかったんだよ……。ごめんね。
かがみは私の体なんか嫌がっていたのに……ごめんね、私のせいで……」

言い終わると、口を噤み肩を震わせながら泣きつづける。

そっと後ろから近づいたかがみは、その肩をそっと抱きしめた。

「馬鹿ね。あんたのせいじゃないわよ。こんなおかしな事、あんたのせいなわけないじゃない。
私もね、もうちょっとこのままでいいかなって思ってたからちょうどよかったわよ」

その言葉を聞いて、こなたが振り向いた。
かがみと目を合わせると、目を睨むように見つめたまま言った。

「うそつき」

心にもない言葉は、あっさりとこなたに見破られてしまった。
でも、全部が嘘だったわけじゃない。
短所も長所も表裏一体、見方を変えればどちらにでもなる。
それだったら、今度はプラス思考をしてみようかとかがみは考え始めていたところだった。

「私の好きになったこなたの体だもん、悪いことばかりなわけないでしょ」

言いながら頭を撫でると、こなたは涙を拭った。

「そんなこと言うんだったら、信じちゃうよ?」

「良いわよ、信じなさい」

笑って見せたかがみであったけれど、このままずっとこなたの身体で、
こなたとして過ごし続ける覚悟が決められないでいる。
そんな心境がにじみでた表情だった。

こなたは、どう思っているのだろうか?
かがみはふと疑問に思った。

「こなた、あんたは嬉しい?それとも嬉しくない?」

返事に悩むかと思いきや、意外にも即答だった。

「私の幸せはかがみの幸せ。かがみの悲しみは私の悲しみ。
だから、かがみが喜んでくれると私も嬉しい。
かがみが苦しんでいるなら、私も辛い。
だってかがみの事が好きだから」

私がいつまでもマイナスな考え方ばかりしていると、こなたも辛いってことか。
かがみはそう理解した。

「まぁ、なるようになるわよ」

こなたは頷く変わりにぐぅとお腹を響かせて答えた。

「かがみ、お腹へった」

「そうね。また私の手料理が食べられるんだから喜びなさい」

それからこなたの手を引いて台所へと向かう。
途中、思い出したように念を押した。

「私の体を太らせたら許さないわよ!」

朝食を終えるとこなたは早々に荷物をまとめた。
そして泉家を出た。
数歩、歩き始めてふと足を止める。

「もう元には戻れないのかな?」

ふと空を見上げながら、ぽつりと呟くこなた。

「そのうち、またふらっと体が入れ替わったら戻れるんじゃないの?」

かがみはその言葉でこなたを見送った。



お昼を過ぎた頃にまた来客があった。

そうじろうに呼ばれて玄関に向かってみれば、そこにはつかさの姿があった。
身体の前に両手でバスケットを持っている。
俯くようにしてそのバスケットを見つめている表情は沈んでいた。

「どうしたの?」

かがみの問いかけにもつかさは答えず、顔さえあげなかった。

「とにかく入りなさいよ」

そう言って部屋に通す。

「何か作ってきてくれたの?」

つかさがお弁当を持ってどこかに出かけるとき、
手作りのお菓子を誰かにおすそ分けするときなどに愛用しているバスケット。
それを持ってきているということは、きっと中身は手作りのお菓子なのだろうとかがみは察した。

つかさは相変わらず黙ったまま、バスケットの蓋を開けて取り出し、テーブルの上に置いた。
生地を埋めつくすように盛られた真っ白いクリームと
その上に大きなイチゴが並んでいるミルフィーユ。
一見するとケーキ屋さんのショーウィンドウに並んでいそうに思える程の完成度であるが、
つかさお手製のこれは小さく切られたケーキ屋さんのそれとは違い、
かがみのお腹を満足させるのに十分な大きさをしている。

「かがみお姉ちゃんは私の作ったミルフィーユ好きだって言ってくれたよね……?」

ぽつりとつかさが呟いた言葉。

「よく覚えていてくれたわね」

そう言いかけたところで、かがみは言葉を止めた。

「つかさ……あんた、今なんて言ったの……?」

一瞬耳を疑った言葉。
「かがみお姉ちゃん」なんて呼ばれるのはずいぶんと久しぶりに感じてしまった。
でも今のかがみはあの頃と違う姿をしている。

「お姉ちゃん!」

かがみの質問に答える変わりに、つかさは飛びつくようにして抱き着いた。
その小柄な身体を押し倒してしまった事も気にせず、ぎゅっと抱き着いた。

かがみの反応を見るまで、つかさはこなたから打ち明けられた話に半信半疑でいた。

「ごめんなさい……」

ずいぶんと聞いていなかったつかさの泣き声。

「ごめんなさい、私のせいで、お姉ちゃんがこんなことになっちゃって……」

感情が昂ぶりすぎて思うように声が出ず、もどかしく思うつかさ。

それでもかがみはつかさの言葉に耳を傾ける。

「どうしてつかさが謝るのよ?」

「私がかがみお姉ちゃんと一緒にお料理をしたいって思ったから……
一緒にお料理ができるお姉ちゃんが欲しいって言っちゃったから……」



かがみとこなたの身体が入れ替わってしまう数日前。
かがみとつかさは珍しく喧嘩した。

その日もつかさはイチゴがてんこもりになったミルフィーユを作っていた。
試験の成績があまりにも悪く、夏休みに特別補習授業への出席が決まってしまった日でもあった。

「大丈夫よ、今からでも頑張ればまだ何とかなるわよ」

と励ましてくれたかがみに対して、

「うん、私頑張る!」

そう決意してまだ数時間も経っていないというのに、
ミルフィーユ作りに精を出していた。
そうして今夜も又、
上の姉たちが理性を忘れて涎を滴らせる程の極上の逸品を作り上げた。
けれど、つかさが頭に思い描いていたのは満面の笑みを浮かべて頬張るかがみの姿唯一人だけ。

「お姉ちゃん、ミルフィーユ作ったよ」

出来上がったそれを手にして、早速かがみの部屋のドアを叩く。
開けてみれば、いつものように勉強机に向かっていた。

振り向いたかがみの顔は、期待していた笑顔ではなく、
代わりにため息を一つついて立ち上がった。

「つかさ、ちょっと座りなさい」

言われるままにつかさはテーブルの横に正座して座った。
手にしていたミルフィーユはそこに置いて。

向かい合うようにかがみも座った。

「あのね、つかさ。今日あんたなんて言ったか覚えてる?」

「今日って……私何か言ったっけ?」

呆れたようにまたため息をつくかがみ。
意味が理解できずに困惑した表情のつかさをしばらく見つめてから言葉を続けた。

「……あんた、今日頑張るって言ってたわよね?
あれは勉強を頑張るって意味だと思っていたんだけど、私の聞き間違いだったの?」

「えっと……それはそうなんだけど……」

と口ごもるつかさ。
かがみの喜ぶ顔だけを楽しみに作っていたというのに、怒られるとは予想外だった。
またかがみが褒めてくれるんじゃないかと期待していたのに、
ミルフィーユには見向きもしてくれない。
こんなはずじゃなかったのに……
そんな思いがこみ上げてくる。

「だったらこんなことしてないで勉強しなさいよ。
あんた本当にこのままいくと留年するかもしれないのよ!
中学までと違って義務教育じゃないんだから、本当に留年するわよ!」

「でも明日から頑張ろうと思って……」

誰かもダイエットを決意したはずの直後に言っていた常套文句だ。

「自分の事なんだから、もう少し真剣に考えなさい!」

思わず声を荒げてしまったかがみ。

しばらくしょげた様に俯いて口を噤んでいたつかさが、
ぼそりと呟くように言った。

「お姉ちゃんなんか……お料理もできない癖に……」

それを聞き逃さなかったかがみは、向きになってますます冷静さを失った。

「つかさが馬鹿だから心配してあげてるんでしょ!
今は女は家事ができれば幸せになれるなんて時代じゃないのよ!」

「お姉ちゃんなんかいなくなっちゃえ!」

つかさは悔し紛れにそんな言葉を吐き捨てて、部屋を飛び出した。
何も言い返す言葉が見付からないのが悔しくて、いつの間にかそれが目から溢れ出していた。

開け放ったままのドアからまつりが替わって入る。

「あんたたちが喧嘩するなんて珍しいわね」

さっきまでつかさが座っていた場所に今度はまつりが座った。

「おいしそうなミルフィーユじゃない。さすがつかさね」

かがみはミルフィーユからもまつりからも顔を背けたまま答えた。

「立ち聞きでもしてたの?」

刺のある言葉。

「聞きたくなくても、あんたたちの声が部屋まで聞こえてきたのよ」

ふん、と興奮が冷めないかがみは鼻から息を漏らす。

「でも馬鹿は言い過ぎだと思うな~。私だったらショックで立ち直れないよ」

「ちょっとカッとなって言っちゃっただけじゃない……。良くあることでしょ」

「まぁ、そうなんだけどね。でも、馬鹿な人に馬鹿って言われても大して気にならないけど、
かがみに馬鹿って言われると本気で落ち込んじゃうんだよね。
かがみは頭がいいんだからさ」

「そんなの気にするんだったら、ちょっと頑張ればいいだけの事じゃない!」

「それができないから悩むんでしょ。かがみの体重がなかなか減らないのと一緒だよ」

「うるさいわね!」

茶化しているようでいても、まつりの言葉はかがみを嗜める。
言い過ぎたんじゃないかと、後悔させるには十分だった。

一方のつかさは、思わず家を飛び出してしまったものの行く当てもなく、
家の神社で戻るに戻れないでいた。

暗闇を恐れるつかさは辛うじて灯りのついている社の前で、階段に腰をおろしていた。
時折暗闇から聞こえる物音、得体の知れない泣き声、木々の擦れる音に身体を震わせながら。

それでも、あんなことを言われたばかりでのこのこと戻っていく気にもなれなかった。

「お姉ちゃんなんか……いなくなっちゃえばいいのに……」

悔しそうにぽつりと呟いた言葉。

「それ、本気じゃないわよね?」

暗闇の中から思いもよらず人の声が聞こえて、つかさは小さく悲鳴を漏らした。

頭を抱えて身体を小さく丸めて蹲っているつかさに歩み寄る足音。

「私よ。そんなに恐がらないでよ」

おそるおそる上げた瞳に映ったのは長女のいのりだった。

「なんだ、お姉ちゃんか……」

つかさは安堵の声を漏らした。

「かがみと喧嘩したの?」

いのりはつかさの隣に座りこんで静かに言った。

つかさは声に出さずにこくりと首を縦に振った。

「かがみも時々きついこと言うからね。でも悪気なんてなくて、つかさの事を心配しているだけだって、つかさもわかるでしょ?」

つかさはもう一度首を縦に振った。

「でも……お姉ちゃんに喜んでほしくて作ったのに……」

かがみの言う通りであることはわかっていても、素直に納得できない。

「お料理が好きなお姉ちゃんだったら良かったのにな……。
そしたら一緒にお菓子とか作れるのに」

つかさはぽつりと不満気に呟いた。
でもそれは偽らざる心の声だった。

「耳が痛いわね」

料理のできない姉の一人であるいのりは苦笑いを浮かべた。

いのりがどんなに慰めの声をかけたところでつかさの機嫌は戻らなかった。
それなのに、かがみが迎えにきて一言。

「ごめん……さっきは言い過ぎた」

それだけでたちまちつかさの心に渦巻いていた怒りは消えてなくなり、
不満を呟いていたこともみんなきれいさっぱりと忘れてしまった。



つかさはあの時に口にした自分の言葉のせいではないかと思っていた。
そう思わずにはいられないほど、こなたはつかさが思い描いた通りの理想の姉だった。

「そんなのつかさのせいじゃないわよ。そんなことあるわけないじゃない。
お願いしたくらいでこんなこと起こるわけないでしょ。偶然よ、偶然」

「違わないよ!そうじゃなきゃこんなのおかしいよ!」

「つかさ。世の中ね、そんなに甘くないわよ。
お祈りしたくらいで願を叶えてくれるほど奇跡の安売りなんてしてないんだから。
奇跡はね、起こらないから奇跡って言ってありがたがられてるのよ」

かがみは頭をそっと撫でた。
するとつかさは小さな身体にしがみついたまま肩をますます震わせる。
姿は違ってもこの温もりがかがみお姉ちゃんなんだ、と再認識した。
そしてそのお姉ちゃんがこうして離れてしまったかと思うと心細くなる。
それが自分のせいじゃないかと思うと悔しくてたまらなくなる。
いっそのことつかさのせいだと責められた方が気が楽かもしれない、
そう思ってしまうほどかがみは温かかった。

「おねえちゃん!」

まるで根性の別れを惜しむかのような声で泣くつかさ。

もう今までみたいに、すぐ隣にかがみがいないんだと思うと涙が止まらなくなる。
もうこの温もりに簡単に甘えられないんだと思うと寂しくて、それに心細くなる。
かがみが優しくする程につかさは泣き止まない。

それでもかがみはつかさが泣き止むまで髪を愛撫していた。

それから二人でつかさの作ってきたミルフィーユを平らげた。

今日はつかさがずいぶんと甘える日だった。
珍しく、大きく開けて待っているつかさの口にかがみがミルフィーユを運んで食べさせていた。

夕日が二人に別れの時が来たことを告げる。

かがみはつかさを門まで見送った。

「じゃあ、またね」

簡単な言葉を残して歩いていくつかさの背中。

「やっぱり家まで送るわよ」

そう声をかけようと思ったとき、現れたもう一つの影がつかさの手を取った。
それがこなたであるとすぐにわかった。
二人きりにさせようと気でも利かせていたのだろう。

仲良く手をつないで、振り返りもせずに去っていく二人の後ろ姿を見せつけられると、
声が出なくなった。
それじゃあ自分が邪魔者になるような気がしたから。

「でも、やっぱりつかさはこなたの方がいいんだ……」

どんなにつかさの事を強く想っても、つかさは自分を一番に見てくれない。
つかさにとってはやっぱりこなたが一番なんだろう。
もしもつかさがそう望んだから二人が入れ替わったのだとすると、
元に戻れないのはつかさがそれを望んでいないからなのだろう。

そうんなことを考えていたら、一筋の涙が頬を伝った。
スポンサーサイト
2012.05.11 Fri l 発行物 l COM(2) TB(0) l top ▲

コメント

No title
掲載ありがとうございます。
個人的には、有料でも良かったのですが。

>でも、読んでみると期待外れなはず。

いえ、ダークで終わっているのが何とも期待通りつうか よかったです。
続編も読みたいなっ! っていう作品ですね。
2012.05.12 Sat l 直人. URL l 編集
Re: No title
感想を頂けてとても励みになります。

期待通り、と言っていただけると嬉しいです。
残念ながら、今のところは続編は考えていませんが……。
2012.05.14 Mon l いつも反省中. URL l 編集

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://unrepentant.blog67.fc2.com/tb.php/823-90c2a253
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。